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by 1193ru
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山元町いちご農家

先日、山元町のいちご農家の方を訪ねました。

津波に襲われた母屋とビニールハウス。
土砂に埋もれたビニールハウスの片付けを手伝いましたが、大量に流れ込んだ土砂を取り除くこと半日。
丹精込めて作っただろういちごのちいさな実が、茶色に変色したくさん出て来ました。
その下には、やわらかくそれはそれは美しい土。
おいしい作物を作るには、手をかけ目をかけ土を作らなくてはなりません。
海から流れ込んだヘドロや塩が結晶化した白い層の下には、それはそれはみごとな土がありました。
借金をして建てた立派なビニールハウスの半分は跡形もなく押しつぶされ、残った半分は柱があるだけ。
そこにたくさんの赤いいちごが実り、緑の葉が輝いていたとは想像できない程、破壊されていました。

母屋は一階部分が抜け、とても住める状態ではありません。
あちこちに土砂や瓦礫が流れ込み…いや突き刺さっています。
同じく津波に激しく洗われ枝が茶色に変色してしまった竹林。
本来なら、5月の風に美しい緑が輝く見事な竹林だったろうに…

いったい、どれほどのマンパワーと時間があれば復旧できるのかわかりません。
それでも、
「いちごしかしてこなかったから、またやるんだ」
と奮い立たせ働き続けるご一家。

私の遠縁の親族は、同じくいちご農家でした。
このお宅のすぐ近くで、いちごの箱詰め作業中に津波に襲われ亡くなりました。
たくさんの自衛隊の方、たくさんの地元の方のお陰で早く見つけていただき、火葬していただくことができました。
亡くなって悲しいという気持ちもありますが、それ以上に、ありがたい気持ちがあります。
震災とはおかしなものです。
気持ちがおかしな順番で出て来てしまいます。
いちごをこれからも作るというご夫婦と、丸一日作業をさせていただき、
仙台に戻り数日経った今も、とてもありがたくています。
こんな酷い風景を前にしても、
いちご農家の方たちといると、
またきっとすばらしいいちごができることが、強く信じられます。
借金や健康問題、土地改良等、大きな課題ばかりが山積みになっていても、です。
微塵も疑う気持ちはありません。
山元町や亘理町のあのおいしいいちごが、またたくさん作られ、出荷されることが当たり前に約束されているかのように、感じてしまっています。

それほど、被災した農家の方たちの頑張りはすごいです。

ボランティアがたくさん入っていると報道では流れています。
でも、山元町ではまだまだ足りないように感じます。
これは、農家の方たちからの感想です。
ボランティアセンターや役場では違う見解かもしれませんが、農家への派遣は足りないと感じていらっしゃいます。
お力添えいただける方は、ぜひ山元町の社会福祉協議会へ問い合わせ、現地へ向かってください。
よろしくお願いします。
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by 1193ru | 2011-04-30 06:15 | 東日本大震災

被災による転居

大好きな友人が、震災を機に九州は熊本へ転居しました。
40歳代の友人と70歳代のご両親の3人家族は、震災後の混乱の時期に転居を決めたのです。
すごい決断と行動力です。
元々、熊本は学生時代を過ごしたところ。
今回、学生時代の友人たちが中心となって家・仕事の手配を進めてくれたそうです。

熊本県では2組目の被災者受け入れだったそうで、転居や暮らしを整える過程のすべてに取材が入り、GW明けにはNHK熊本でドキュメンタリー番組が放映されるそうです。
最後の荷物を片付けに仙台へ着た友人と、昨日の朝、ほんの30分間会うことができました。
(なんと、今回の仙台入りもマスコミ同伴でした!)

震災を機に、たくさんの方の人生が大きく変わって行っています。
2ヶ月前には想像もしない方向へ、どんどん、どんどんとです。
友人もその一人。
運よく、当面家賃の心配もしなくて良いそうですし、仕事はものスゴイ速さで正社員として採用が決まりました。
学生時代の友達の尽力がとても大きく、「自分はとても恵まれたレアケース」と言っていました。

昨日の友人は、今までもうーんと明るくて楽しい人だったけど、これまで以上にもっともっとうーんと明るくて最高にいい雰囲気でした。
震災後いろんなことがあったけど、それを全部ひっくるめての「今」なんですね。
さまざまな意味で、友人のすばらしさや力強さを再確認しました。

友人は、これからきっとすっごく幸せになる人です。
もうすっかりそんなオーラがバンバン出てました。
その様子が、とてもうれしくて、さびしいよりもすごくうれしい気持ちでいっぱいになり別れました。

今年かな、それとも来年になるかな。
熊本へ遊びに行こうと考え始めています。
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by 1193ru | 2011-04-28 06:32 | 東日本大震災
石巻の避難所や孤立集落の方々のご希望を取りまとめてくださる方と、
お会いすることができました。

これまで何人かの方からお話しいただいた通り、
やはり、女性用のバッグや男女兼用のリュックそれから靴と下着(男女とも)が足りないとのことです。あ、靴下もだ。
衣類はかなり届けられているようです。

これからさらにさらに復興作業を行うため、マスク・ゴム手袋(またはゴム加工した軍手)・ゴム長靴の「三種の神器」のニーズもまだまだ続きそうです。

それから、学校が始まりましたが引き続き当面は文具のニーズも続くと思います。

今後も被災地のみなさまのお声を大切に、必要な物を必要なところへお届けしたいと思います。
どうぞお力添えをお願いいたします。

以前から多賀城市のお母さん方を通して保育所さんや市役所さんへお話をいただいていた件で、多賀城市役所の方とお話させていただくことができました。
多賀城市は津波の被害が大きかった地域です。
市内の保育所や幼稚園が甚大な被害を受けました。
そこで、自宅で眠っている絵本を多賀城市の保育所へお届けしたいと考えていたところ、
多賀城のママさんたちの仲介で
多賀城市役所さんが絵本を取りまとめ、市内各所の保育所へ分配してくれるというお話をうかがうことができました。
5月中旬くらいまでに市役所の担当課へ送ると、順次保育所へ分配してくれるそうです。
このGWに絵本を集め・整理をかけていこうと思います。
多賀城市に関わらず、他の地域でも絵本が必要なところがありましたら、
自治体や保育所・幼稚園という単位だけでなく、地区や避難所単位でも送ることができると思いますので、非公開コメントでご連絡ください。
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by 1193ru | 2011-04-25 22:23 | 東日本大震災

届かぬメール

3.11の影響で、少々メールの調子が悪くなり、回復傾向にあった4.7にまた被災。
再び電気がストップし、すぐに回復したにも関わらず、
未だに行方不明メールや不通メールが多いと友人知人から連絡がきます。
何がどうおかしいのかよくわかりません。
市内の方は大丈夫なのですが、市外の方だと少々届かぬメールが出てきています。
県外に至っては、先日のアクエリアスさんもそうですが
「いつの間にアドレス変わったの?」
と(実は今日も)連絡が来ます。
ファイルが落ちるのもしょっちゅうです。
これはもう、
どこかにブラックホール並の胃袋を持った「黒ヤギ」さんがいるに違いないです。
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by 1193ru | 2011-04-25 21:46 | 東日本大震災
被災した母子家庭の女性の方からメールをいただきました。
皆様にお伝えしたく、ご紹介します。

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私は離婚後、実家で両親と暮らしていて、自宅で被災しました。
幼い子供たちを連れ半月ほど避難所で生活し、幸い津波の水が床上にはギリギリ達しなかったので自宅に戻ることができました。
電気も通わずに暗く寒い、ガラスの破片も掃除機で除去できず、寝る場所を確保するのがやっとの状態でしたが、子供たちがストレスで心身共に弱りきってしまったため無理に帰宅しました。
それでも地震でも津波でも命を失うこともなく、形ある家に帰れる有り難さでいっぱいです。

長文をお許しください。
伝えたいことがあるのに、どこにむけて発したらいいのかわからず、もしよければただ私の思いを聞いていただけないでしょうか。
ただ、聞くだけでいいので。
短い避難所生活でしたが、何よりつらかったのは子供を持つ家庭に対する周囲の冷ややかな目でした。
私のいた教室がたまたま、だったかもしれません。
震災直後で誰にも心の余裕なんてありませんでしたから。私の被害妄想かもしれません。

自宅に戻り近所の炊き出しや配給をいただきに子供たちをおんぶ抱っこして行った時も、小さい子供は一人としてカウントしてもらえず人数分いただけないこともありました。
大人よりたくさん食べるのに、一人っ子のご家庭はちゃんと人数分なのに。
こんな贅沢なこと、この非常事態にとても言えません。
欲張りを言っているのでもありません。
ただ、子供を人一人として扱ってもらえないことが悲しかった。
避難所でも、子供は一人分は多いからと減らされたりするのに、当番の割り当てには数えられるんです。二歳と三歳にトイレ掃除をです。
私のように肩身の狭い思いをしている子持ち家庭、母子家庭はまわりにたくさんいます。

避難所を出てしまえばもちろん食料、生活用品は自力で調達ですが、営業している店舗はみんな遠く、道路は1日中渋滞、お店も混雑していて小さい子供を連れての買い物は本当に大変です。
それでも買い物に行ける人はまだ恵まれてます。
避難所を出ていれば「家があるならいいじゃない」という風潮なので、子供のものを配給してほしいなんてとても言えません。
今みんな不足しているのは、保育所幼稚園の通園用品、着替え、靴、おもちゃお絵描き用品、絵本です。
買おうと思えば買えますが、買いに行くことが困難だったり、家があっても津波から無事でもあちこち壊れたり車を失ったり、金銭的に厳しい状況です。

外は乾いたヘドロが粉塵となって舞い上がり、外遊びはできません。有名人がたくさん慰問にきてくださいますが、そこまで行けません。
不平不満ばかりこぼしてすみませんでした。
ただ、現状を誰かに聞いてほしかっただけなのです。
みんな声をあげることに遠慮しています。
弱者ほどそうですね。
私も生かされた命、人様のためにできることを探している日々です。

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by 1193ru | 2011-04-25 06:38 | 東日本大震災

足元に広がる春

被災地から被災地への移動中、ふと見れば、足元に広がる春。
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by 1193ru | 2011-04-25 00:13 | 東日本大震災

石巻市沿岸部

こちらは今日の石巻の様子です。
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震災時、たくさんの患者さんと医療従事者の方がいた石巻市立病院。
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瓦礫のはるか遠くの山裾には桜が。
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by 1193ru | 2011-04-24 23:53 | 東日本大震災

仙台港

震災から1ヶ月以上が過ぎても、仙台港とその周辺はこんな状態です。
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鉄塔は曲がり、あるはずの電線は全く残っていません。
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by 1193ru | 2011-04-24 23:33 | 東日本大震災

洗濯ボランティア

どんどん支援情報が伝わり、
これまで「何かしたい!」と思っていても「どうしたらいいのかわからない」と心苦しくなさっていた方たちが、
いろいろな形で動けるようになってきているようです。

被災地にいても被災の状況はさまざまです。
仙台市内で被災の少ない地区の方たちは
「何もできなくていて辛い」
「沿岸部の方たちの苦しさを知っているのに、何もできない自分が恨めしい」
「本当に申し訳ない」
と口ぐちに言います。
その気持ちはもちろん私の中にもあり、私自信、日々の生活と「何かしたい・しなければ」という気持ちの間でもがいています。

せんだい男女共同参画財団さんが呼びかけている「せんたくネット」の協力者が100名を越えたそうです。
この「せんたくネット」は、子育てや仕事で現場へ行けない方にはぴったりの支援の形のひとつです。

これからもたとえば、
避難所の託児支援(あ、これは現場に行かないとできないか)とか、
被害にあった保育所・幼稚園への絵本やおもちゃの支援、
子どもたちへの学用品支援、
買い物送迎支援(あ、これも現場に行かないとダメか)、
とかも、今以上に個人が参加できる形でできるようになるのではないかと思います。
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by 1193ru | 2011-04-24 07:27 | 東日本大震災
早速、たくさんのゴム長靴が、東京都立川市の女性団体の方々から届きました。
それはそれは大きな段ボール箱に、いーっぱいのゴム長靴です!
すごい!圧巻です!
我が家の玄関は、只今倉庫状態。
他一室も倉庫にして、全国からいただいた物品を整理し、現場へ入られる方へお届けしています。
全国の皆さまのたくさんの想いがつまった箱であり場所です。
とてもありがたいです。
今朝は、これから東松島市月浜に行かれる方たちへゴム長靴を届けます。
午前中には、月浜の女将たちへ届くでしょう。

マスコミで現場に入っている方たちの活動がクローズアップされることがほとんどで、それを見て現場へ行けない方たちが「自分には何もできない」と凹んでしまっているとあちこちでうかがうことが多くなってきました。
誰もが心を痛め何かしたいというお気持ちになっているからこそのことと思います。
現場に行かなくても、できることはいろいろあります。
義援金に協力したり、メールやブログで情報発信したり、寄付物品へ協力したり、物品の整理に参加したり。
かくいう私もなかなか被災地へ行けなくなりつつあり、仙台で情報発信と物品受け取り・整理・配達をしています。
フルタイムで仕事をしていると、早朝5~8時と21時以降しか動けないためです。
最初、現場に入れないことに凹むことも多かったです。
でも、誰のための支援なのか…と考えると、現場に入りたいというのは自分の希望であって、それだけが支援ではないと気持ちや考えが整理できました。

今後も情報発信をしていきます。
物品支援ご希望の方は、非公開コメントでご連絡先をお知らせください。
情報提供や何かご協力できることがあるかと思います。

※被災地のみなさまへ
  苦しいこと・悲しいことがたくさんあると思います。
  よろしければお声を非公開コメントでお聞かせください。
  くれぐれもご無理やご遠慮はなさらないでくださいね。
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by 1193ru | 2011-04-22 08:07 | 東日本大震災