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by 1193ru
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「杖」や「椅子」

ちょくちょくのぞくブログの中に、アサーティブを私に教えてくれた師匠のひとりのブログがある。
とっても誠実な文章で、時たま痛い程のまっすぐさが読み手にググッと迫ってくるすばらしいプログだ。
もう一年以上もお会いしていないけれど、いつも身近に感じられて、日々勇気や元気をいただいている。忘れちゃいけないこともいっぱい突きつけてくれて、結構な割合で泣かされてしまうそんなブログだ。
この方がいてくれることが、私には大きな救いであり支えなんだといつも思う。

昨日、机の中を整理をしていたら、見たくない書類が出て来た。
それは、数年前、とある出来事の被害者になっちゃった時の関係書類だ。
加害行為をした人は、今もしっかり社会生活を営んでいる。
加害行為をした人のほとんどが、そんなあんばいだ。
元気にたぶんしあわせにやっている。
被害者としては、それがどんなに吐き気をもよおす不快なことか。

こんな書類、本当は見たくもないし持っていたくもない。
でもだ、自分の身を守るためには必要で、残念だけどまだ保管しなくてはならないものだったりする。
そんなものが机の中にあること自体、うんざりなのに。
なのにだ、これからもこの書類は持ち続けなくてはならないし、ちょろちょろと続く被害の度にその量はちょっとずつ増えて行く。

あー、こんなの嫌だな。
どんなに正々堂々と胸を張って生きていても、どこか曇ったものを抱えてしまっている。そのことが悔しい。

DV被害女性の方とお会いすると、よくこの話になる。
DV加害者から離れて生活を送り、もう何年も経過をしているにも関わらず、もう何年も会っていない加害者の影にまだ不安を覚えるということを。
不安…恐怖だな。何年経っても恐怖感が癒えないと。
見たくもないさまざまな手続きの書類(接近禁止、保護命令、調停、裁判…etcに関する書類)を、いつまでも持ち続けることだけでも、それが自分の身を守るものだとわかっても、その書類があること自体が苦しみであり悩みであり恐怖であると。

被害者になるということは、その後の人生のある一部を多少なりとも制限されてしまう。
こころから晴れやかな時が、少なくなってしまう。
とても残念で、とても悔しくて、とても悲しい。

ある時、私は、自分を支えてくれる「杖」をたくさん持つことにした。
「杖」だけではなく「椅子」も用意した。
最悪の自体を考えて、「ベッド」も用意してある。
そういうものをいーっぱい用意しておいて、こまめに使うことで、「制限」を和らげ、薄め、しまいにはほとんどの場面においてその「制限」とは全く関係なく生きられるようになってきている。

「杖」や「椅子」や「ベッド」は、トラウマに対応するツールとも言える。
物だけではなく、システムや人や仲間がそうやって私を支え・癒してくれている。
ありがたい。

本当は、これらの書類も「杖」のひとつなんだと思う。
でもまだそれを「杖」とは言い切れない私もいて…

トラウマになってしまうような出来事を経験して一番変わったことは、トラウマに対応するツールを持てたことだと思う。
ツールは、とぎれとぎれ今でも時たまある加害行為よりも、ずっとずっと早いスピードで増えているし大きくなっている。

冒頭のブログも「杖」のひとつ。
今朝も読んだ。
(センダイポデロサ日記のエキブロで紹介している"don't worry!な毎日"がそれだ)
今、私のこころは部屋を大きく元気に照らすオレンジ色の朝陽のように、勇気やパワーで満ち足りて来ている。
(師匠、ありがとう。本当に、ありがとう!)

回りを見れば、たくさんの「杖」があることがわかる。
たくさんの支えの中で生活することで、安心感が増し、しあわせを感じやすくなる。
安心感って本当に大切だ。
「負のスパイラル」に陥らないためにも、本当に大切なものだとつくづく感じる。
他人から見ればちょっとしたことでも、まだまだ傷つく自分がいることを自覚して、「杖」や「椅子」を日々増やして行こうと思う。

さぁ、今日もしっかり楽しんで、昨日よりまたひとつ「杖」を見つけるんだ!

そんな気持ちで、自分を朝送り出す。
今朝もそんな朝なのだ♪
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by 1193ru | 2008-09-24 06:24 | DV