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by 1193ru
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私の叔母

食事の準備をして待っていても、母は帰らず。
そんな日が数日続いています。
今週いっぱい続きそうな、そんな予感がしています。

昨年から入退院を続けていた叔母が、昼に亡くなりました。
数日前から、我が身を省みず昼夜通してつきっきりの看病を続けていた母は、今度は実家に泊まる日々が始まりそうです。

叔母との思い出は尽きません。
叔母は、生涯独身でした。
幼少からからだが弱く、祖父は生前いつも叔母の行く末を心配していました。祖父の思いを引き継ぐかのように、母やきょうだいたちは、叔母を気にかけ、何かと養護し続けて来ました。
昨年、母が年老いた叔母を引き取ると言い出した時、母が人一倍叔母を気にかけていたことがわかりました。
そんな母への感謝の気持ちからか、たくさんいる姪や甥の中でも、叔母は私を一番可愛がってくれました。

この一年、叔母は度重なる手術を受け、幾度も危篤状態となりました。
その度に生還したものの、その回数や頻度が高まり、傍目からも衰弱は痛い程わかりました。

今日、私は本当におろかでまぬけで失礼極まりないことを考えました。
「叔母はしあわせだったのだろうか?」と。
しあわせは、その人が決めることだとよくわかっているはずなのに、私が知る叔母の姿からつい考えてしまったのです。
叔母は、幼少の頃の度重なる手術の後遺症からいくつかの障害(のような症状)がありました。それを、中傷されることが度々ありました。
詳しくは書きませんが、私は母の実家で育てられた時期があり、その様子を間近で見たことが何度かあります。
私は、それが辛くて辛くて、苦しくていました。
その光景を、叔母の死を聞いて一番に思い出したのです。

私は今、複雑な気持ちでいます。
叔母は、亡くなった祖父と同じように、私に人権意識や差別への姿勢を強烈に与えた人だったのだと、ようやく今になって気がついたからです。
叔母にもっとお礼が言いたかった。

本当に私は、鈍感で愚かな人間のようです。
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by 1193ru | 2007-10-08 20:15 | ヒト