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by 1193ru
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ビッグバンとドMな道

それは先日の日曜日のことでした。
未だに上手く言語化できないのですが、その徴候は土曜日の夜からありました。
日曜日の朝を御茶ノ水のホテルで迎え、チェックアウトを経て9時20分に、アサーティブ・トレーニングを受けるために会場へ向かいました。
ことが起こったのは、午前中。
アサーティブを学ぶようになってこの半年、私の中でひっかかっていたものが、爆発したのでした。
その爆発は、さらさらと砂時計が落ちるように、波打ち際に作った砂の城が風に吹かれ形を変えるように、近づいていました。

「私は傷ついた」

相手の言動を受け傷ついた時、「私は傷ついた」と相手に伝えることをアサーティブ・トレーニングで知りました。
「酷い!!」と怒ったり、「えーっ!!」と言って泣き出したりするのではなく、「私はあなたのその言葉で傷ついた」と伝えることを知りました。

でも、それはどうなのか?
実は、ずっとずっと私の中で引っかかっていました。

「私は傷ついた」

この言葉は、どうなんだろうか?
この言葉に、攻撃性があるのではないかと、ずっと悩んでいたのです。

アサーティブ・トレーニングを受けてから、ずっと疑問だったにもかかわらず、私はプライベートでこの言葉を使い、相手を絶句させたことがありました。

私「私は傷ついたの」
相手「・・・・」
私「私は、あなたの○○○という言葉で、傷ついたの」
相手「・・・・」
私「だから、私は、あなたの○○○という言葉で傷ついたの。そのことを伝えたのだけれども、伝わったかな?」
相手「・・・・」
私「聞こえてる?」
(しばらく沈黙)
相手「自分の言葉であなたが傷ついたのはわかったけれど、『あなたの言葉で傷ついた』と言われたら、もう言葉が出なくなっちゃった。何て言えばいいの?わからない」

言葉の威力。
そう、言葉の威力というか、攻撃性があったのだと思う。
私はこの時、とても穏やかな口調で伝えたのだけれども、「私は傷ついた」という言葉の中に、攻撃性があったのだと思うのです。

「私は傷ついた」
その言葉の後に、来るものは?
その言葉の根っこにあるものは?

私がアサーティブを知り、学ぶようになって引っかかっていたもの。
それは、
アサーティブな姿勢で選び発した言葉にも関わらずその言葉に含まれてしまう「攻撃性」。

日曜日の午前に、はっきりと言語化したのです。

私がアサーティブに発した言葉で、相手が傷つこうがどう思おうが、それは相手が選ぶこと。だから、相手がどんな言動をしてもそれに対して責任を持つ必要はない。

確かに、一理あるかもしれない。
DVや虐待という暴力がある場合は、この考えはとても重要だ。
では、暴力のない場ではどうなのか。
場合にもよるだろうし、一慨には言えないと思う私がいました。
それが、ずっと、ずっと引っかかっていたのです。

言語化した時、抱えていた隕石のような塊がもの凄い衝撃で爆発しました。
それは、まさにビッグバン。
砂粒になってこれ以上ないスピードで、どこまでも広がって行ったのです。

「対等に率直に誠実に相手を尊重して発した言葉の中にある攻撃性。それは、どうしたらいいのでしょう」

日曜日のお昼から、私はまともに口がきけなくなりました。
仲間たちとのランチも午後のトレーニングも、正直、五感がストップしたままの状態で過ぎて行きました。
夜、新幹線がまともに動かない中仙台に向かっていた時も、あの混乱したダイヤを楽しんでいつつも、私のとても大きな部分を占める思考や五感は麻痺していました。

月曜日から激しい腰痛と絶え間ない眠気が続きました。
立っても座っても腰痛が続きました。
ふと気がつけば、所かまわず眠りこけていました。ちょっと気を抜くとすぐに寝てしまう病的な眠気でした。
これはたぶん、体の調子が悪かったのではなく、ビッグバンの余波。
腰痛は、大きな衝撃によるストレスが出たのでしょう。
眠気は、大きな衝撃からの回復のためだったのでしょう。
なんだか、そんなような気がしています。

そして今日、私は自分を見つめることを始めようと準備に取りかかりました。
言葉に潜む攻撃性を理解するためには、もっとよく自分を知ろうと思ったのです。
アサーティブ・トレーニングは、よく「自己主張トレーニング」と言われますが、私は自分を知るトレーニングだと理解するに至っています。
アサーティブ・トレーニングは、スキップして楽しく行ける景色の良い平坦な道ではどうもないようです。
アサーティブ・トレーニングとは、険しく荒涼とした景色の中で死ぬ気のロッククライミングを一人黙々と行う、それはそれは「ドM」な道。
でも、悲しいかな、それは私に必要な道のようです。
そして、そんな道を歩けば歩くほど、そこから広がる世界がたまらなく魅力的であることは間違いなさそうです。

そんなこんなでビッグバンから一週間経ち、ようやく自主トレを始めます。
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by 1193ru | 2007-02-10 21:33 | アサーティブ