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by 1193ru
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記憶を巡る夜

ある夜、尊敬する先輩と電話で話していると、受話器の向こうから尺八の音が聴こえてきた。
先輩のお連れ合いが尺八を吹く・・・・ということを昔聞いていたのを思い出した。
「うるさくってごめんね。尺八の音ってどうも受話器を通すとうるさいみたいよね。こっちでは、離れた部屋からかすかに聞こえてくる程度なんだけど。ごめん、ごめん」と先輩。
「いえいえ、お気遣いなく。大丈夫ですよ」と私。
先輩の声の向こうから聴こえてくる音色は、不快ではなく、ただただ、私の心に深々と薄葉のように降り積もって行く。

季節のせいか、別れた人を思い出す。
夜のとばりが降りはじめる頃、ここ数日、決まってある人を思い出す。
その人の笑顔、声、歩く様。
あんなことを話したね、とひとりごちてしまう時もある。

尺八の音色に、また記憶を辿る癖が出る。
受話器を肩と首にはさみ、口では打ち合わせ、即座にキーボードを叩き書類を作る。
でも、頭の中ではなつかしい人を追いかけている。
もう会えない人だからこそ、なのだろう。
私の頭は、時折勝手に記憶を辿り、再会を求める。

ここ数ヶ月ハマっていたゲームソフトは、ある集落が舞台になっている。
そこの村人たちとのコミュニケーションを楽しむ内容なのだが、忙しくて数週間放っておいたら、大好きな村人(キャラクター)が他村に引っ越しをしてしまっていた。
その村人が住んでいたところには家がなく、ただ、立て札が残っていた。
立て札には、釣り好きな村人の性格が反映された格言がひとこと。

「生きていれば必ずまた会える」
というけれど。
確かに生きていればまた「会える」かもしれない。でもそれは、「すれ違う」とか、「みかける」とかいう程度。別れる前のような充足した交流が再び訪れることは、そうそうない。
今、私がくり返し思い出すのは、故人。
会いようがない人。不可抗力。

このゲームソフトは、一度引っ越しをした村人とはもう会えないようだ。
泣いてすがって、おっかけて・・・・そんなことはできないらしい。
手紙も届かないようだし・・・。
画面から消えたら村人の存在自体が消滅したみたいに。
そんなところに、自分の姿を見るような感覚が頭をもたげる。
センチメンタルになっているのではなく、とてもデリケートで濃厚で大切な関係性を築いた特別の相手と、そういう形しかなかった不可抗力な自分が重なる。

そんなことを考えつつも、キーボードを叩く指は止まらない。
こころとあたまとからだが揃いも揃って、全然違うことに向かっている。

ふいに、この不自然な動きをすべて止めた。
一息ついて、夜半、一冊の詩集を手に取る。

 もはや
 いかなる権威にも倚りかかりたくはない
 ながく生きて
 心底学んだのはそれぐらい
 じぶんの耳目
 じぶんの二本足のみで立っていて
 なに不都合のことやある
 倚りかかるとすれば
 それは
 椅子の背もたれだけ

いつもは、こころを強く立たせる言葉が、今宵はなぜかこころに冷たい風を吹きつける。
言葉の妙。
言葉の不思議。
それは、同時に私の心に確たる形がないことを知るきっかけ。

竹林の中にある青竹が、凛と立つさま。その活き活きとした生命力と光。
そうありたいと何年も願いつつも、私はまだ「ながく生きて」もおらず、「心底学ん」でもおらず。
竹林に守られていながら、ほんのすきま風にも折れそうな安っぽいはかなさ。

頁を繰る。

 少しづつ 少しづつ深くなってゆけば
 やがては解るようになるだろう
 人の痛みも 柘榴のような傷口も
 わかったとてどうなるものでもないけれど
    (わからないようりはいいだろう)
 苦しみに負けて
 哀しみにひしがれて
 とげとげのサボテンと化してしまうのは
 ごめんである

そして、また感覚を杖に記憶を巡る。
「こたえ」と「おわり」がないからこそ、私の頭は記憶と経験を行ったり来たり。
初冬の夜は、おもしろい。
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by 1193ru | 2006-12-07 23:41 | モロモロ