ご覧いただきまして、ありがとうございます。


by 1193ru
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

7月に山谷であった路上死

このブログを始めてから、全国各地のホームレス支援の方々と連絡を取るようになりました。
以下、東京で活動している今関さんのホームページからの転載です。
ぜひ、ご覧ください。
そして、感じるものがあった方は、ぜひ、担当した病院への申し入れにご協力ください。
連絡先は、
山谷「ほしのいえ」今関さん
ninjaman711@hotmail.com
よろしくお願いいたします。

--------------------(以下、今関さんのホームページより転載)------
2005年7月26日(火)
この日は、私にとって忘れられない日となりました。

火曜日は、いつも「ほしのいえ」の炊き出しに参加しています。
活動エリアは、この世界ではとても有名な「山谷」です。

「ほしのいえ」では、配食を5コースに分け、コースにより訪問しながらの配食であったり、行列に並んでもらったりしています。
私は「いろは商店会」コースへ行くことが多いのですが、この日は玉姫公園へ行くことになりました。

日中に台風の直撃を受けたため、炊き出しの準備があまり出来ませんでした。
首都圏の電車も軒並み止まってしまいましたから、作る人の多くが、ほしのいえ作業所まで来ることができなかったのです。

それでもなんとか来られた方々で、いつもの3分の1ですが200個分のおにぎりとアルファ米を用意していただけました。

幸か不幸か、台風は夕方から夜の早い時間にかけて関東地方から去って行きました。

私たちはあせりました。
雨風が弱まり多くの人が集まってくると、おにぎりが足りなくなってしまいます。

心配なので、代々木公園で野宿しながら、様々な団体でボランティアをしているYさんと一緒に、配食1時間前の19時に、配食場所の様子を見に行きました。


最初に訪れた玉姫公園だけで、すでに80人ほどの人々が傘をさしながら列を作っています(この時点で、まだ小雨がぱらついていました)。

ふと見ると、行列の横でびしょ濡れになって座っている人がいます。

この雨の中、しかも日中は台風が吹き荒れていたのに、この人はこんな場所で座り続けていたのだろうか?
ビニールシートを敷いていますが、かえって水溜りが出来てしまい、水を防ぐ役には立っていませんでした。

上はドカジャンを着ていますが、びっしょり濡れて重たそうです。体温を保つ効果はまったく期待できません。
どういうわけか下はパンツだけで、ズボンをはいていませんでした。

水溜りの中で寝転がるわけにもいかず、あぐらに近い形で、上半身を前に45度ほど傾けていました。
近くに傘が置いてありますが、さす元気がなかったようです。

あまりに不自然な状況でしたので、声をかけました。
(以下、この方をXさんと呼びます)

Xさんは衰弱して、声を出すこともほとんどできません。
胸が激しく波打ち、呼吸が困難になっているのが、一見してわかりました。

気の毒とは思いましたが、まずは救急車を呼ぶかどうか、本人の意思を確認しなければなりません。
後で述べますが救急車を呼ぶことで、かえってひどいことになることも多いのです。

ある程度活動暦の長い人であれば、相手の意識がある限り、自分の判断だけで勝手に救急車を呼ぶことはないでしょう

Xさんは私の問いかけに首をタテにふってくれましたので、私のPHSですぐに119番しました。
一緒に来てくれたYさんには炊き出しに復帰してもらい、私1人で公園に残ることにしました(この時点で、シスターのNさん、Yさん、私の3人しか来ていませんでした)。

救急車を待つ間に、苦しげなXさんから、名前と年齢を聞きました。
これも気の毒なのですが、聞いておかなければなりません。
救急隊が病院を探すための、必須項目なのです。予め聞いておかなければ、それだけ病院への搬送が遅くなってしまいます。

幸い、救急隊員の方々はとても親切でした。どうも、隣接地区の救急隊のようです。
なんとか入院できる病院を探そう、と初めからおっしゃってくださいました。

私も救急車に乗り込み、病院探しが始まりました。

このときに、私は衝撃的な事実を知ることになります。

Xさんは昨日昼間に、別の救急隊によりS病院へ搬送されていたのです。
「肺炎」の診断を受けていながら、入院できなかったようなのです。

「肺炎」であることを知りながら(診断しながら)、S病院はXさんを路上へ追い返していたのです。おそらく、翌日が台風であることも知っていたはずです。

どういう結果を招くか、火を見るより明らかだったのではないでしょうか。
今晩の事態を、十分に予見できたはずではないでしょうか。


Xさんは、脈が弱々しくなっていて、とても危険な状態でした。
すぐに酸素吸入器をあてがわれましたが、胸が大きく波打っています。
もはや、まったく話せる状況ではありませんでした。


救急隊員のご努力で、なんとか受け入れ先が見つかりました。
少々遠くの病院です。近隣の病院は、全て断られた末のことです。
救急車に乗り込んでから、すでに20分ほど経過していました。

毛布をかけてもらいましたが、救急車の中ではずぶ濡れの衣服を着替えることもできません。
そもそも着替えを持っていませんでした。

救急隊員からは、病院まで同乗するように要請されました。
普段であれば、こちらから頼むことです。この後、病院での交渉が必要になるかもしれません。
支援者がいるのといないのとでは、やはり何かしら影響を受ける場合があります。

私は、断ってしまいました。
荷物をほしのいえ作業所へ置いてきてしまいましたし、炊き出しも人数が足りないかもしれません。
何より、このまま墨田区にある病院まで行けば、間違いなく自宅へ帰ることができなくなります。
翌日の仕事のことなど、自分自身の都合により、「線引き」してしまったのです。

次の日に、搬送先の病院へ電話をかけて安否確認しよう。場合によっては、面会へ行けばよいだろう。その程度の認識でいました。


救急車が現場を離れた後に、行列を作って待っている人々に、Xさんのことを聞いて回りました。
残念ながら、Xさんの顔を知っている程度の人が数人いただけで、親しい人はいないようです。親しい仲間たちは雨のために、どこかへ避難しているのではないか、とのことでした。

死なずに済んだはずの、無駄死に、野垂れ死にでした。
救急搬送先の病院が、きちんと対応してくれていたなら、きっと今でもXさんは生きていたはずです。

私たち「ほしのいえ」は、病院への申し入れを行うこととしました。

団体での賛同を求めています!
どうか、1つでも多くの団体が賛同していただけることを、心からお願いいたします。

※お問い合わせはこちらまで! ninjaman711@hotmail.com

----------------( 以下、今関さんからのメール)---------------
はじめまして、山谷「ほしのいえ」に参加している今関と申します。
今日は、皆さんにお願いがあります。

ほしのいえでは毎週火曜日夜に、いくつかのコースに分れておにぎりと味噌汁を提供しています。

この時、出会った方が亡くなってしまいました。

文字通りの、野垂れ死にでした。

直接関わった方の惨めな死に様に、私はこのまま黙っているわけにはいかない、と考えています。
幸い「ほしのいえ」の仲間たちは、私と思いが一つでした。
担当した病院へ対し、申し入れ書を送ることにしました。


今回のようなことは、どこでも日常的に起こっていることです。
歯がゆい思いをされた方も、たくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

私が直接関わっただけでも、同じ7月に地元埼玉で似たようなことがありました。
近所の駅に野宿していた人で、以前から関わりがあった人です。
この人の場合も、大雨の中救急搬送先から追い返され、駅前で3日間も動けずにいました。
排泄に立つこともできず、猛暑の中飲食物を摂ることもできずに、ひどい有様になっていました。
(今は別の病院へ入院できていますが、福祉事務所の対応にも、とても疑問が残るケースです)

申し入れをしてもほんの一石を投じただけで、どこまで状況が変化するのか、何も変わらないのか、はっきりいって自信はありません。
それでも、ここで「見て見ぬふり」を決め込んでしまえば、私はこれ以上この活動を続けていくことができません。
偽善以外のナニモノでもなくなってしまいます。

どうか、お願いです。
団体として、賛同してください。9月23日に締め切ります。

Xさんの「死」が、ほんの少しでも意味のあったのだと、信じたい。

できましたら、関わっていらっしゃる他の団体にも、転送して賛同を募っていただけませんでしょうか。
よろしくお願いいたします。



−−−−−−−(以下、病院への申し入れ文)【転載歓迎】−−−−−−−−−−−

              平成17年9月xx日
          医療法人社団●●● △△病院院長
                     ×××様
東京都荒川区南千住1−39−3
ボランティア団体 ほしのいえ 
  今関 仁
(他賛同xx団体一同)

拝啓 立秋の候を迎え、皆様にはますますご多忙のことお喜び申し上げます。

 さて、突然ですが先日貴院へ救急搬送された、Xさん(--歳)への対応につき申し上げたいことがあり、筆を取りました。××先生にはご多忙のことと存じますが、是非最後までお読みください。

平成17年7月26日(火)は、私にとって忘れられない日となりました。

この日、私が参加している「ほしのいえ」の炊き出しがありました。
「ほしのいえ」では毎週火曜日夜に、山谷地区で野宿者への炊き出しを十数年も続けています。
この日は台風が直撃したため、どの程度の人数が私達の行う炊き出しを待ってくださっているのか、予測ができませんでした。そこで私と仲間のYさんとが、配食を待つ人々の数を確認するため、19時頃玉姫公園へ向かいました。

台風は過ぎ去りつつありましたが、この時間はまだ雨が降っていました。
公園の中を見渡していると、80人ほどの人々が行列を作っている横で、びしょ濡れになって座り込んでいる人がいます。

銀色のシートを敷いていましたが、その上はすっかり水溜りとなっていて、地面に直接座っている状態と何ら変わりがありません。
ジャンパーを着ていましたが、水をたっぷり吸い込んでしまい、重たいだけで保温効果はなさそうです。皮膚は紫色に変色し、全身をがたがたと震わせ、とても寒そうでした。

すぐ近くに置いてあった傘をさす元気すらありません。水溜りに寝転がるわけにもいかなかったのでしょう。あぐらに近い格好で座ったまま、上半身を支えることが困難で、45度ほど前に傾いています。

胸が激しく動き、とても呼吸が苦しそうでした。手を触っただけで、熱があることもわかります。一見して、相当危険な状態にあることがわかりました。

「どうしたのですか。大丈夫ですか。」とお声かけしましたが、すでに会話をする余力がありません。
それでも救急車を呼んでいいか、ご本人の意思を確認しなければなりません。心が痛みましたが、しつこく何度もお聞きしたところ、首を少し縦に振っていただけたので、持っていたPHSですぐに119番通報しました。

救急車が到着する前に、なんとかお名前と生年月日をお聞きしようとしました。明らかに呼吸が苦しそうなのですが、聞いておかないと病院への搬送が遅くなってしまいます。一刻を争う状況であることは、素人目にもわかりました。

呼吸困難な状況で話していただきましたので、とても聞き取りづらく、何度も聞き返してしまいました。(ようやく聞き出した名前と生年月日は、救急隊員にお知らせしました。)

救急車は、待つほどもなく数分で到着しました。早速、血圧測定や酸素吸入など、必要な処置を手早く行っていただきました。
その一方で救急隊員さんたちは、病院探しも一生懸命にしてくれます。私も救急車の中で、息を詰めるような気持ちで見守っていました。そのとき、私は耳を疑うような情報を耳にしたのです。

Xさんは貴院に前日救急搬送され、肺炎だと診断を受けてたというのです。
ということは肺炎であることを知りながら、貴院はXさんを路上へ戻したということになります。

肺炎の状態で病院を出されれば、お金を持たない野宿者は元いた場所まで歩いて戻らなければなりません。数キロの距離を歩くだけで、病状が救急搬送前より悪化してしまいます。
おまけに、翌日は台風が首都圏を直撃しそうだということも、新聞やテレビ、ラジオなどで盛んに警告を発していました。

ただの風邪などではなく、肺炎だとわかっていて路上へ戻せば、この人が命に関わるような状態に陥る可能性が高いであろうことは、素人の私にさえ予見できます。まして、命を助ける専門家である医師が、判断を誤るなどということがあり得るもの
でしょうか。

翌朝、搬送先の病院(貴院ではありません)へその後の病状を尋ねようと考えていた矢先に、警察から電話をいただき、Xさんの死亡を知らされました。救急搬送後まもなく意識を完全に失い、そのまま永眠されたそうです。日付をまたいだ直後、
7月27日午前0時3分に死亡が確認されました。
搬送先の病院でも、警察の検視結果でも、死因は肺炎だったそうです。

Xさんの死に様は、最期の数時間だけは病院にいましたが、文字通りの野垂れ死にでした。誰にも助けてもらえずに、公園で雨の中苦しみ抜いて死んでいったのです。

7月28日午後に、私はまた玉姫公園へと向かいました。
この公園にいらっしゃる野宿者仲間の方々に、Xさんの死を伝えると共に、これまでのいきさつを聞いておきたかったのです。

Xさんは、前週から本格的に体調を崩したそうです。下痢が続き飲酒もできなくなり、週が明けるまで我慢したものの、限界が来て7月25日(月)に119番通報したようです。結局貴院からは出されてしまい、なんとか公園まで戻ってきた後完全に動けなくなってしまいました。雨が降り出し、他の仲間が雨宿りで移動したのに、Xさんだけが取り残され、衰弱しきってしまったのでした。

このような悲劇を、2度と繰り返してはなりません。

多くの野宿者が、重篤な状態でも救急車を呼ぶことを拒否します。
先日もいろは商店会で、搬送先から追い返されここまで戻るのはしんどいから、救急車には乗りたくない、とおっしゃる人に出会いました。熱帯夜なのに体中を震わせていました。
また別の日に出会った人は、体調がとても悪く救急搬送してもらいたいのだけれど、貴院へ搬送されるのなら、救急車には乗りたくないのだと、おっしゃっていました。

私は、貴院にお願いしたいのです。2度と、同じ悲劇を繰り返さないでください。

受入が人的問題で難しいとか、他にも様々な理由があるのかもしれません。ただ、人命に優るものは世の中にないはずです。
この点で、病院と我々ボランティアとは、本来目的と使命を同じくするものです。

ぜひこの原点に立ち返り、野宿者であれば入院させない、という運用を早急に改めてください。
野宿者が外来や救急で訪れたときに、路上へ戻せば病状が悪化します。病院を出された後の病状悪化まで予測した結果重篤に陥る可能性が見込まれる場合には、とりあえず入院させ経過を見届ける対応をしてください。

病院を出された後に、野宿者は暖かな家に帰るわけではありません。「自宅で静養」できない患者の予後について、命を守るために必要な処置をとっていただくようにしてください。

Xさんの死を無駄にしないために、貴院が今後どのような対応をされるのか、ぜひ早急にご教示ください。ご多忙の折恐縮ではございますが、趣旨をご理解いただき、対応方よろしくお願いいたします。


※なお、私たちの申し入れにつきましては、各地で活動している他の団体へも相談させていただきました。
私達の趣旨に対し多くの団体で賛同いただきましたので、今回は連名での申し入れとさせていただきます。賛同いただいた団体は下記の通りです。


賛同団体一覧:


今関 仁

ホームレスな人々<東京&埼玉>
  ホームページ  http://www.geocities.jp/nojukusha/  
yahoo!ブログ  http://blogs.yahoo.co.jp/nojukusha
  exciteブログ  http://nojukusha.exblog.jp/
[PR]
by 1193ru | 2005-09-04 22:40 | ビッグイシュー