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by 1193ru
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「笑う」ことにしたワケ

忙しいと心を亡くすと言うけれど、そんな環境の中で何ができるのか考えて行き着いたのが「笑い」。
忙しいとギスギスするわ、力は出せないばかりかミスが多くなるわで、ホント何もいいことない。
そんな環境で踏ん張らなくてはならなくて、
それはもちろん私だけではなく、仕事をしている方の多くはそうなのかもしれません。
創造的で刺激的な仕事をしていた頃は、忙しくても心は失いませんでした。
今、メインで取り組んでいる仕事は、刺激的でもあり、想像力が不可欠なものではありますが、
それ以前に大きな課題のあるもので、
忙しければ心は亡くなるし、あっという間にマイナスのスパイラルに転落してしまうというところがあります。
状況がさらに厳しくなったここ数ヶ月、
考えに考え、自分ができること−シリアスな取り組みではなく、軽やかな取り組みとして。厳しい状況の中でシリアスな行動を選択するのは、リスキーな面が多いためです−を考えたところ、行き着いたのが「笑い」。
今、意識的に毎朝、一人でも多くの方たちと笑い合うようにしています。
朝だけではなく、すれ違いざまにも。
ランチもなかなか思うように取れない、帰りも残業で誰にも会わずに終わってしまう…そんな状況でも、廊下やトイレですれ違うことはありますから、そんなちょっとしたすれ違いの中でも笑えたらいいな…と思っています。
声を上げなくても、口角がちょこっと上がったり、ゆるんだりするだけでも、眼がニヤリとするだけでも、上出来。
とにかく「笑い」をひとつでも多く日常に入れようと努力しています。

私たちの脳は非常に精巧にできていますが、
ほら「頭が良すぎてバカ」みたいな人っているでしょう?
脳はそんな側面もあるんだそうです(笑)
だから、おかしいこと・おもしろいことがなくても、「ガハハ」と嘘笑いとしたり、笑い顔を作ったりするだけで、脳は「楽しい」「うれしい」と勘違いして気持ちを少し上向きにするよう動き出すそうです。
こんな機能があるなら、使わない手はありません。

数日前、昔苦しい境遇にあった私を支えてくれた方がお亡くなりなりました。
東京駅のカフェでその訃報を知った時、あまりのことに視界がワナワナと震えるのを感じました。
一緒にいた方に悟られないよう、打ち合わせを続けましたが、頭の中は真っ白になってしまいました。
ショックの原因は、お亡くなりになったことが一番大きいのですが、
わけ合って、私はその方のお通夜やお葬式にお伺いはできない立場だということもありました。
もっと長い時間が経てば、お互いに長く生きていれば、いつか必ず再会できると勝手に信じ疑いもせずにいました。
そしてその時、過去にいただいたご恩のお礼をお伝えし、たわいない穏やかな会話を再び交わすことができるとも、これまた勝手に信じ込んでいたせいです。

訃報をいただいた時、私の目の前にはこれから始まるだろう活動のパートナーがいました。
打ち合わせをしながら、色彩を取り戻そうともがく頭でぼんやりと想像しました。
私の人生、あまりにも無念ばかりを抱え・重ねる人生ではないかと。
これから始まるこの活動も、無念続きのものになってしまうのではないのかと。
根拠ない暗い坂道をズルリ、ズルリと音を立てながら気持ちが落ちそうになってしまいました。

口角を上げ、目の前にいる仲間に、笑いかけ話す。
たわいもないことでも、お互いの体をこづき合うかのようにして、言葉を交わし続ける。
そして、声を上げて笑う。これからの関係性がよりよくなるよう、一回でも多く笑う。
それを繰り返し、繰り返し、30分。

改札で、仲間と別れ、新幹線に乗り一人になっても、
センチメンタリズムに飲み込まれず、恩人のR.Tさんを偲びただただひたすら感謝することができました。
駆けつけられない自分の立場を悔やんだり、そのような状況を恨んだり、怒ったりせずに。

仙台に戻り、今朝。
R.Tさんは煙となって空へ。
遺影を前に手を合わせることも、式を遠くで見守ることも、叶いませんでした。
だから、今日も笑うことにします(笑)
私の脳は、きっと人様よりさらに騙されやすいだろうから、
いつも口角を上げて、ニヤニヤした目つきでいることにします(笑)
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by 1193ru | 2013-05-19 12:51 | モロモロ