ご覧いただきまして、ありがとうございます。


by 1193ru
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

昨日より今日、今日より明日

昨夜は同僚と仙台駅前・エデンの「TERRACE L」で夕食。
体調が整わず、相変わらずのアルコール抜き!
それでも、久々にのんびり・ゆるゆる食事を愉しみました。
4月中旬、なかなかどうして落ち着かない毎日ですが、
ひとまずこの二週間生き延びたことに乾杯!
あと1ヶ月踏ん張れば、状況は好転するだろう、それまでもう一踏ん張りだねと語り合いました。

先日、福島出身のラジオパーソナリティ・宍戸慈さんがウクライナを尋ねた番組を見ました。
チェルノブイリ事故後に生まれたウクライナの中学生が「福島に同情します」と。
彼らの多くが甲状腺異常等の症状を抱えながらも、
勉強にスポーツに趣味に邁進しているとの話があったり、
ウクライナの女性たちが「毎朝、自分に言うの。昨日より今日、今日より明日、より良くなると」と話しているシーンもありました。

努力して、力を合わせて、励まし合って。
今、踏ん張れば、近い未来は好転する。
そう思って、そう動いて行けること。
それは、私の場合、例えば仕事。
「あと半月や1ヶ月踏ん張れば、なんとか好転するから」と、
スタッフ同士お互いを信じて共に頑張っています。

でも、つい考えてしまうのです。
被災地はどうなのかと。
昨日より今日、今日より明日、より良くなることを、心底願う反面、
電話の向こうの声や、面接の際の様子から、
その言葉に行き着くまでの道のりが険しいことを感じています。

もしかしたら、私自身もそうなのかもしれません。
昨日より今日、今日より明日と、心身がより良くなることを願いつつもそうなれずに・そうならないことに、失望や焦り・むなしさを感じているところがあるのかもしれません。

ウクライナの女性たちは、どんな道を歩んであの言葉を自分たちのものにしたのでしょう。
あの言葉にたどり着くまで、
自分は一体どれほどの曲がりくねった道を行かなくてはならないのかと、考えています。

「あきらめ」ではなく、
新たに出現した状況(それは環境的なことだったり、自分自身のことだったり)と、
どんな距離感で、どんな風に付き合い・向き合いして行くのか。
それが見えた時、はじめて言葉が自分のものになるような気がしています。

「この道は、いつか来た道」
そんな風に繰り返したくない道だったのに、
チェルノブイリの警鐘を遠くの鐘としか思わなかったはずではないのに、
この道を歩んでしまっていることが、口惜しいです。
[PR]
by 1193ru | 2013-04-14 16:21 | 東日本大震災