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by 1193ru
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マスコミに支えられたこと

震災当時、ラフラインがストップしてしまい、情報源はラジオだけという状況がありました。
難を逃れた車のカーナビや残り少ない電源を使って携帯のワンセグで、ご近所の方たちと初めて自分たちがどんな状況に置かれていたのかを知りました。
映像を見た時のショックは生涯忘れることはないと思います。

地元のラジオ局の東北放送が不眠不休でリスナーに呼びかけ続けてくれたり、細かく言葉では伝える限界を超えていると思われる内容も精一杯尽力して伝えてくれ、本当に助かりました。
電気が来ない夜が幾晩かあり、驚くような星空の下、何度勇気づけられたかわかりません。
朝日が昇る時間になった時、「もうすぐ朝日が昇ります。明けない夜はありません。みなさん、頑張りましょう!朝です」との声に、下向きだった気持ちが上向いたことを覚えています。

それから地元新聞の河北新報が、必死の思いで数ページの新聞を発行して届けてくれたのには、頭が下がりましたし、とても助かりました。
特に河北春秋は、支えでした。
最初、たった一人で物資搬送をしていたので、とても心細かったのです。
各被災地へ入った記者さんたちが書く記事は、記者さんの体温が伝わるそれはそれは熱いものばかりでした。紙面を前に、行方不明になった親戚や友人を思い、また活動を続けることができました。

たくさんのマスコミの方に支えていただきました。
刻々と状況が変化する中で、ここ数日はマスコミに対するいろいろな意見が出てきていますが…
それでも、震災直後の不安を小さくし、気持ちをつなぎ背中を押し続けてくれたのもマスコミの力が大きいと個人的には感じています。

関東圏では、地震後6分程度で東北の惨事がテレビで流れたそうです。
その映像を見た東京の先輩は、私はもちろん仙台・宮城・太平洋沿岸地域が失われてしまったものと思い、泣き崩れたと言っていました。
電話で直接話せたのは、一週間近く経った頃。
泣きながら、そう話してくださいました。
一番情報が欲しい被災地が一番情報が遅かったのです。
地元マスコミも被災したためですが、それでも必死に被災地・被災者を支え鼓舞し続けてくれたことを私は深く感謝しています。
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by 1193ru | 2011-03-29 07:54 | 東日本大震災