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by 1193ru
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だらだらとブツブツと

からだのある部位が痛い。
しばらくすると別の部位も痛み出し、そちらの痛みが大きくなると、前に痛んでいた部位を忘れてしまう。

問題を抱え悩んでいる時、より大きく強烈な問題が出現すると、前の問題が小さくなってついには忘れてしまう。

よくあることだ。
思いがけずこんなことが起きることもあれば、苦しさを紛らわせて呼び寄せてしまうこともあるようだ。

身近な人のそんな姿を昨日から見ている。
怒りや悲しみ、苦しみや寂しさ、混乱や不安…大きな問題を抱え押しつぶされそうになって生きていたその人は、これまで並々ならぬ自制心で自分を保ち第三者とコミュニケーションをとってきていた。
よく頑張っていたと思う。
その人の頑張りや踏ん張りは痛々しいほどだった。
私はその痛々しさを内包しつつもまっすぐに立つその人の姿に、凛とした美しさを悲しいほどに感じていた。
そして日々、その姿にエールを送りつつ倒れないように、頑張りすぎないようにと祈っていた。

ある日のこと。
ほんのちょっとの気持ちのほつれから、その人は周囲へ怒りや不快感をぶつけるようになった。
これまで紡いできたものが崩れ落ちるのは、ほんの一瞬のこと。
周囲で温かなまなざしを向けていた人たちが、さーっと引いていく。
その光景はとても恐ろしいものだ。
その人は、まだ気付かない。
一人きりになってしまったことを。

その人のこころとからだがはちきれんばかりに大きくなった問題が引き金になっているのか。
それとも、その問題を忘れるために引き寄せたのか。

その人の明日を思う。
胸が痛む。

ウニ状になった人のこころをほぐすには、ただただそばにいるしかできないような気がする。
その人が自ら手を痛めながらこころをほぐすのを、となりで見ているしかできないような気がする。

私は何を考えているのかと言えば、感情をぶつけられようと、辛くても、その人を置き去りにせずにこれまで通りとなりにいようということ。
「ばかを見るよ」「迷惑を被るよ」と注意を受けても、そうありたいと考えている。

おかしいだろうか。
おかしいのだろうな。
そう、いつも私の選択はちょっと自虐的でズレている。

やっぱり私は人を信じている。
人間は心底平和を求める生き物だと、強く信じているところがある。
根っからの加害者はいないのだと、堅く信じたくているところがある。
これまでの人生を振り返っても、いまだにそんな気持ちをもってしまう相手が何人もいる。
こんなところをよく先輩方は「バカだなぁ」と苦笑する。

人が壊れ、崩れていく様を見るのは苦しくて痛い。
もう見たくないと何度も思うけど、昨日の続きが今日のように、明日は今日の続き。
たぶん、明日もその人が崩れていく様を目の当たりにする。
雪崩を止められないように、私にそれを止めることはできなくて…
明日もまたとなりで見ているだけなのだろう。

そんな時、自分の中に罪悪感や無責任感がないかいつも確認してしまうのは、免罪符を踏む人と同じなのかもしれない。
ソコが嫌いなところ。
ソコが人間臭いところ。

いろいろ感じ・考え今日も眠るのだ。
さて、明日は何が起きる???
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by 1193ru | 2010-01-27 23:20 | モロモロ